頭の中の日本語

試運転中

Siaの新曲Chandelierについて思うこと。

昨日は新曲に興奮したブログで終わってしまったので、少しシーアについて思うことなど。


Sia - Chandelier (Official Video)

(昔の動画は消えているので、その後の有名な動画を貼っておきます)

 

ソロはもちろん、zero7との活動なども合わせて、長い間アーティスティックに音楽を続けていたシーア。しかし数年前にバセドウ病を患ってから、音楽の表舞台に出てこなくなりました。とても可愛い人だったのですが、バセドウ病の治療などで、一時期、容姿が変わってしまったのも原因としてあったかもしれません(最近はだいぶ良くなっているように見えます)。また、音楽界で売れるために、周りからの要望などを汲んでいくと、自分らしくあることを維持するのが難しかったのもあり、純粋な人なので、そこで折り合いが付けられなかったのかな、とも思います。
最近はヒットメーカーとして、ビヨンセ、ブリトニー、カイリー・ミノーグ、リアーナなどなど多くのビッグスターに曲を提供しているシーア。彼女の作る曲が今の流行を作ってしまっているので、今回の新曲は一聴すると最近の流行の音楽かなと思いがちですが、今のシーアの状況をそのまま表したような歌詞を理解して聴くと、全く別のものになると思います。
(歌詞はこちら→http://rock.rapgenius.com/Sia-chandelier-lyrics
去年に発表したシーア自身の2曲は他のアーティストに提供している曲とは微妙に違う曲でしたが、今回は彼女が彼女の作るヒット曲の中に巻き込めれ、そこで自分のことについて赤裸々に明かしています。シーアはスターになりたいような大胆な人ではなく、日常生活を愛して生きていきたいシャイな人なのですが、それでも人に伝えたい彼女の言葉というのは、個人的なのだけども、それ故に深く心に響くものがあります。

この歌はシーアの大ファンでこの曲のプロデューサーでもあるGreg Kurstinが「It's not easy producing songs and being the head of b6-13」とツイートしているように、とても難しいのでシーアが普段楽曲を提供しているようなビックスター達でもなかなか歌えないでしょう。シーアの心のなかで鳴り響いている音楽はやはりシーア自身によってのみ本当の歌の全貌が見えてくるような気がします。
 

シーアのChandelierを聴いてレヴィナスのこの一節が思い浮かびました。

人間とは何か。それは1個の存在者であるためには一つであり二つであるということである。実在のただ中にあって分断され、引き裂かれてあること。より端的に言えば、意識をもつこと、自由であることである。