頭の中の日本語

試運転中

内田樹先生とレヴィナス先生とシーア

夏に発表される予定のシーアのニューアルバムは「1000 Forms of Fear」というタイトルのようです。日本語にすると「1000種類の不安」とか「1000種類の恐怖」とかになるでしょうか。

シーアの今回のアルバム・タイトルを見て、またまた内田樹先生の「レヴィナスと愛の現象学」の一節が頭をよぎりました。

内田樹先生の検索でいらっしゃった方はシーアをご存じないかもしれないので少し説明しますと、リアーナの「ダイヤモンド」やブリトニーの「パフューム」など最近の女性スター達に楽曲を多く提供しているオーストラリア出身のシンガーソングライターです。本人も今年3月には「Chandelier」というシングルを出しています。

内田樹先生は沢山本が出ているので、ご存知の方も多いと思いますが、哲学者レヴィナスの研究者で元大学教授、現在は執筆活動をされながら武道家としてもご活躍されています。

シーアのアルバムに戻ります。「1000 Forms of Fear」。
シーアは常に私の想像を超えてしまうので、どんなタイトルが来ても驚いたと思うのですが、こう来るとは!去年、エミネムの「RapGod」問題()の時にもさかんに不安を訴えていたシーアですが、不安自体をアルバムコンセプトにするとは思っていませんでした。

「1000種類の不安」。昔、トーリ・エイモスが「1000 Oceans」という曲で1000の涙を流しましたが、涙というのは不安が地上に降りた状態に対し、不安というのはまだ行く先の決まらない状態ということなのかもしれません(シャンデリアの歌詞もまさにそれですよね)。

そして今回のシーアのタイトルから内田先生の師匠レヴィナスのそのまた師匠シュシャーニの言葉が浮かび上がるのです。

美しい答えなどなにものでもないのが、いったいいつになったらわかるのか。わからんのか、まやかし以外のなにものでもないんだぞ。人間の中身が定められるのは、彼を不安にさせるものによってであって、彼を安心させるものによってではないのだ。(・・・)神は動きを意味しているのであって、説明を意味しているわけではないのだからな。


この言葉を噛み締めて、シーアが今どのへんに居るのかを、私は想像しているのです。雲をつかむ様な思いです。

以前ブログにも書いていますが、シーアの話題になると私はよくレヴィナスを取り上げるのは、シーアはユダヤ教で(ハニカを祝っているのでたぶん)、私にはユダヤ教の取っ掛かりが内田先生とレヴィナスしか無いからなのです。

去年の今頃、シーアの歌を聴いてすっかり夢中になってしまいました。音楽を聴く時に曲に織り込まれている神への意識に注目すると、シーアは私が今まで聴いてきたどのシンガーとも違うのです。その秘密が彼女の宗教観にあるのかと思い、音楽の理解のためにいつもヒントを探していました。そして、同時期に友人から内田先生の本をごっそり借りて読みふけっていて、ある時シーアがハニカツリーを作っている動画を見つけて、ユダヤ教レヴィナスとシーアが重なってスイッチが入ってしまったのです。

レヴィナスの言葉からは、シーアの曲名「I'm in here (わたしはここにいます)」まで現れてきて震えました。

そんなことで、内田先生の本やブログを読んだりしていたのですが、去年の暮、内田先生のツイートでバリ島にいらっしゃることを知りました。

そしてツイートを読んだ日に、バリ島ファンを集めてライブでお話が聴きたい旨をお伝えしたところ、翌日「いいですよ〜」という旨のお返事が来ました。
ダメもとでメールしたので、あまりにもびっくり。嬉しくて内田先生の本を貸してくれていた友人に早速伝えて二人で小躍りしました。

その日から私のレヴィナス三昧の日々が始まったのです。せっかくお会いできるのだから理解を深めようと考えた時、私には理解できない「レヴィナスと愛の現象学」を読むことしか思い浮かびませんでした。他の内田先生の本はとても読みやすくて、まるで目の前でお話を聞いているようなのに、これだけは何のことが書いてあるのかさっぱり分かりません。一回は読んでいるのですが、このままではいかんと思い、最初から時間をかけて丁寧に理解するという姿勢で読み始めました。

毎日夢中で読んで、ノートを取りながら意味を考えました。
だんだんハマりすぎて、一日中時間があればレヴィナスの言葉を思い出しては考え、自分の人生の断片を一つ一つ取り出してはレヴィナスの言葉の上にパズルのように当てはめていく作業をしました。しまいには夢の中でもレヴィナスの言葉を考えるようになり、夜中にふと目が覚めると、まだレヴィナスの言葉を頭の中で繰り返しているのです。そして、白い壁から人間の意識が現れてくるビジョンが頻繁に現れ始め(このポイントを「神殿」と名づけました)、自分でもやばいんじゃないかと思いました。

そんな日々が続き、ある時、今まで考えたことなどを内田先生に「感想文」と言って、送りつけてしまいました。もう頭の中が限界だったので、このボールを取れそうな人に投げてしまったのです。内田先生は感想文を読んでくださるとおっしゃいましたが、次の日に自分で読み直したら、ちょっとというか、、、かなりかなり変な感想文で、怖い!!大変申し訳ないことをしたと思い、すぐにお詫びのメールをお送りしました。

それからしばらく内田先生からご連絡はありませんでした。バリ島まで時間があったし、お忙しかったと思うのですが、だんだん自分のあの変な感想文のせいで先生が気味悪がって、お話会が潰れてしまうのではないか、という不安が湧いてきました。すでに内田先生のファンの方達を集めて、皆さん楽しみにしています。私のせいでお話会が無くなったら一大事だ!!と大変焦りました。

結局、私の心配をよそに、心の広い内田先生はきちんとご連絡くださり、無事に楽しくお話会は決行されました。集まってくれたバリ島在住者の方達のお話もすごく面白くて、久々に刺激的な楽しい時間でした。内田先生は本当にいい人で、いつも文章から感じられる通りの方でした。貴重な休暇にお時間いただけたこと、とてもありがたかったです。

一人の方が書いた本をこんなにたくさん読むことはバリ島に来てから無かったので、一度どんな方が書いているのか、言葉を信じられる顔をした人なのか(顔というかオーラみたいなものも含め)、現実にお会いして確認したかったのです。皆でご飯を食べながらお話したのは3時間位でしたが、とても実のある楽しい会でした。集まったバリ島ファンは内田先生をお送りした後、他に移動して夜遅くまで色々バリ島のこと、日本のことなど話し込んでしまいました。内田先生にお会いしてから、もう3ヶ月近く経ってしまいましたが、この場を借りて再度お礼申し上げます。
内田先生、ありがとうございました。また機会があったら、今度はぜひウブドにご案内したいです。
それから、お話会をするにあたって、バリ島サイドの皆様に大変お世話になりました。私は今回まとめ役をしていたのですが、こうゆうことが苦手なので、色々助けて頂きました。
バリ島参加者の皆様、ありがとうございました。


内田先生にお会いした時にメールの件をお詫びしました。後日、横で見ていた友人が「内田先生の反応を見て、変なメールだったのがすぐにわかった。でも、そういう人いっぱいいそうだから、きっと大丈夫だよ〜」と言って慰めてくれました。

レヴィナス先生のお言葉、すごくヤバいです。
明晰夢を見たかったら、ぜひどうぞ。

レヴィナスと愛の現象学 (文春文庫)

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