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頭の中の日本語

試運転中

ガネーシャとパールヴァティー、母親とは

インドネシアで放映されているインドのシバ神のドラマ「マハーデワ」が大好きでほぼ毎日見ています。最近は放映時間が遅くて、しかも長くて、睡眠時間確保のため途中で寝なければならないのですが、先日、睡眠時間を削ってでも見なければなりませんでした。

ガネーシャが象の頭になるエピソードが放映されたからです。

日本ではガネーシャというと象の頭をした可愛いキャラクターという感じかもしれませんが、どうして象の頭になったかご存知でしょうか?
ガネーシャについて、ちょっと踏み込んで調べた方達はご存知だと思いますが、私はガネーシャは日本に住んでいた頃から知っていたけれど、バリ人と結婚するまでは神様の一人だし、そうゆうものだと思って何故象の頭が付いているのか、何の疑問も感じていなかったのです。

ガネーシャに纏わる話は色々あり、ドラマのストーリーは日本のウィキペディアに書いてあるものとは違うので、ざっとあらすじを書いてみます。(誕生の部分はドラマを見逃しているので、自分が知っている話を書いています)
また、ガネーシャはヴィシュヌ神によって命名されるまで、ヴィナーヤカという名前でしたが、分かりやすいようにあらすじの中ではガネーシャと書いておきます。

・・・あらすじ・・・

シヴァが長い不在の間、パールヴァティーは自分の身体の汚れからガネーシャを産みました。わんぱく無邪気な子供でそれはそれは可愛がっていました。

シヴァが住まいのカイラス山に帰って来ることになりました。パールヴァティーはそれに備えて洞窟で身を清めようとします。しかし、神々や僧侶もシヴァの噂を聞きつけてカイラス山に集い、山で暮らしているシヴァの素朴な弟子たちは、客人たちにどんなもてなしをしたら良いのか分からずに、パールヴァティーの元に何度もやって来ます。身を清めようとしているところに来るというのは、浴室に何度もやってくるような感じですので、パールヴァティーはだんだんイライラとしてきて、子供のガネーシャに洞窟に誰も入れないよう見張りを頼みます。

そんな時、シヴァがカイラス山に帰ってきます。久しぶりの帰郷ですぐにパールヴァティーに会いたいと思うシヴァは洞窟に入ろうとするのですが、ガネーシャに足止めされてしまいます。
可愛い息子を見て微笑むものの「私はお父さんなんだよ」と言っても信じてもらえません。弟子たちがやって来て、シヴァが父親だということが分かっても、お母さんとの約束を守ろうとするガネーシャは誰も入れようとはしません。シヴァは諦めて皆の所で待つことにしました。
しかし、夫が妻に会うことが出来ないなんて変だとシヴァの弟子たちがガネーシャの元に行きます。ガネーシャを縄で縛ってしまおうとするのですが、ガネーシャは女神パールヴァティーの子供です。非常に強くて、逆に弟子たちが縛られてしまいます。
それでは、私達が試してみようと、今度は僧侶達が説得に行きましたが、どんなに筋の通った説得をしてもシヴァを洞窟に入れてくれません。
次には、そんな甘ったるい方法じゃ駄目だと神々が力ずくで説き伏せようとするのですが、逆に神々がガネーシャに吹き飛ばされてしまいます。子供なのに誰もかなわないのです。

最後に、もうどうしようもないのでシヴァが洞窟の前に戻ってきます。
子供の前で立ち尽くす父親に向かって「何も出来ないのなら、僕からやってやるー!」とガネーシャは石棒をシヴァに向かって投げつけます。一度目はその石棒を目の前で静止させて事なきを得るのですが、それにも関わらず、ガネーシャはもう一度石棒を投げつけます。

シヴァの目から涙が溢れます。シヴァはかつて「子供の首を切って殺す」という呪いをかけられていたのです。シヴァはその呪いを抑えるべく、必死に耐えるのですが、彼の持つトリシューラ(シヴァ神の持っている鉾)に火が付きブルブルと震えだします。そして、トリシューラは遂にガネーシャに向かって放たれてしまいました。トリシューラはガネーシャの投げた石棒を打ち砕き、ガネーシャの首を撥ねてしまいます。

その時、ちょうど身体を清め終わったパールヴァティーが洞窟から出てきます。一瞬の差で子供が夫に殺されてしまいます。ガネーシャの頭は身体から離れた途端に灰になってしまいました。気が狂ったように死んでいる子供に呼びかけるパールヴァティー。シヴァに子供を蘇らせるように懇願しても、その願いを叶えてくれません。
涙と憤怒にまみれたパールヴァティー地母神アディシャクティとなり「この子が戻らないのなら、この世の全てを破壊してやるー!!」と大絶叫して宇宙を破壊しに消えてしまいます。

全ての神々が恐れおののき、宇宙を維持するために、ガネーシャを生き返らせる事になりました。
しかし、頭はもう灰となってしまっているので戻すことが出来ません。
そこで、シヴァは弟子と神々たちに頭を探しに出かけるよう「日が沈むまでに最初に出会った動物の頭を取りなさい。しかし、その動物が心からそれを受け入れないと頭を取ってはならない」と言い渡しました。歩けど歩けど弟子と神々たちの前にはどんな動物も出てきません。誰も頭を取られたくないのです。しかし、最後に一頭の象がやって来ました。「私の頭を取って下さい。私はシヴァ神と一緒にいたいのです」という象のお陰でガネーシャは生き返ります。

そして、「お母さん〜」と呼ぶ息子の声を聞きつけて、パールヴァティーが戻ってきます。
象の頭が付いてしまった息子をどう思うだろうとドキドキしている皆の心配をよそに「今の頭もとっても素敵よ」とパールヴァティーは子供を抱きしめました。

・・・・・あらすじ終わり・・・・・

こんな経由でガネーシャは象の頭を持つことになったのです。

以下はそのドラマのワンシーンです。インド版です。
テレビドラマなのでそんなにダイレクトではありませんが、
残酷なシーンがあるので、苦手な人は見ないでくださいね。

ガネーシャの死

怒り狂うパールヴァティー

生き返ったガネーシャ

 

このストーリは色んな意味を含んでいるのですが(例えば、母が子供を甘やかし過ぎるとか、父性の不在など)、一番強烈なのは子供に何かあった時の母親の悲しみと怒り、母性というものはどんなものかを示していることです。
私も息子が二人がいるので、パールヴァティーにとても感情移入してしまいました。
こんなことになったら、このくらいは当たり前に爆発すると思いました。自分の名前を呼ぶ人は沢山いるけど、「お母さん」というもう一つの名前を呼ぶのは自分の子供たちだけです。この話は母親の愛情の強さと愚かさを見事に現していると思いました。
そして、頭が象になってしまおうが、母親にとって重要なのは、子供が生きていて、その魂がその子の中に宿っているということなのです。

「マハーデワ」はインドネシアのanTVで月〜土曜日の夜11時(ジャカルタ方面は夜10時)から放映されています。インドネシアに滞在で興味を持った方は是非一度御覧ください。俳優、演出、音響、脚本など、どれをとっても最高の出来栄え。今までのヒンドゥー・ストーリーをもの凄く魅力的なものにしました。インドネシアではヒンドゥー教ではない人達もハマってしまい、社会現象となっています。めちゃくちゃ面白いです。