頭の中の日本語

試運転中

小室哲哉さんの引退が気になって仕方ないので、、、感想。

ツイッター上で小室哲哉さんに何事かがあったことを知り、気になって調べて引退会見の文章を読んでみました。

私がバリ島に来たのは1998年なので、その後の小室哲哉さんというのを全然知らなかったため、そのイメージの違いに驚きました。なんというか凄く素直な感じの人になったのだなぁという印象で、言葉の端々に出来る限り正直に語ろうという姿勢が見えました。

音楽に関しては才能の欠乏を嘆いていらっしゃったが、彼が現在抱える問題は今後の高齢化の日本が通らざるおえない問題だと思うので、それを人々に意識化させるという意味では芸術家の精神は決して決して衰えているわけでは無いと思いました。

浮気については、セックスを伴う浮気は私は肯定的ではないですが(相手の体に対する責任という意味で)、セックスなしについては、母子の愛情と何が違うのか分かりません。そこも少し気になったところです。一人の人しか好きになってはいけなかったら世の中牢獄みたいじゃないですか。なんとなく結婚したらもう異性を好きになってはいけないという考えは逆に離婚など大きな破壊を産むように思うのです。好きという気持ちは押さえないで、超えない超えさせない壁だけはしっかりしといたほうが気持ちは楽なんじゃないかなと思うのです。私は日本にいないのでよくわかってないですが、もし日本の傾向としてパートナー以外の異性を愛することがタブーなのだとしたら、キリストもブッダアガペーの愛は溢れまくってるのに、どこがいけないのかと不思議なのでした。

 

最近の小室さんの音楽を聴いてみました。


PANDORA feat. Beverly / 『Be The One』(TVオープニングサイズ)ミュージックビデオ

すっごくスクリレックスの音が好きだろうなぁ、特にScary Monsters And Nice Spritesの音なんかはたまらなく好きだろうなーと思いました。

何かの機会に誰かの役にたてば思って正直に意見を述べておきますと、

高音は非常に音が作り込んであって、凄く面白いです。スクリレックスの影響は否めませんが全世界が彼の音に影響を受けたわけですから、それは当然のことだと思います。私も気が狂うほどスクリレックスの音が好きです。

気になるのは低音です。日本の音楽をほとんど聴かない理由が私はここにあるのですが、まるで音楽から低音を抜き取ったように聴こえるのは私だけでしょうか?

小室さんの音楽はエモーショナルなわけだから、この流れだったら倍音の多い厚みのある低音のビートが入ってくれば一気に曲がかっこよくなるのになぜやらないのでしょうか?日本の音楽で本当に本当に不思議な部分です。

Scary Monsters And Nice Spritesの音はあのうねるメロディの中に低く響く倍音が大量に詰められているから非常に奥行きが深い音になっているのだと思います。

この音の厚みが日本と韓国の音楽の大きく違う部分だと思って、友達に話したら「日本はわざとそれをしている」と言われたので、そうなんだと思っていたのですが、それならなぜ小室さんが感じているような遅れがあるのだろうと思ってしまったのです。

日本の音楽の音のスカスカ感は自分にとっては、ずーっと持ち続けている疑問です。削る美学なのでしょうか?でも音に関しては沢山の情報が1瞬の中に詰まっていないと体が動かないのです。少なくとも私の体には司令が出なくてダンスミュージックにはならないのです。逆に大量の情報を含んだ音はじっとしていようと思っても体がリズムを刻んでしまいます。人の体を動かすには足元の安定を崩す必要があります。やはりダンスミュージックに絶対必要なのは低音だと思います。

ただ時代は動いていますので、今はMura Masaのような低音はそんなに強くないけど、木琴のような跳ねる感じの音の感じもいいなーと思います。Mura Masaの音楽は内気な人のためのダンスミュージックという感じですっごく好きです。(ちなみにMura Masa は日本人のような名前ですがヨーロッパの人です)

スクリレックスとかムラマサのような質感のあるポップな音を作れる人がもっと日本に現れてくれたらなーと思っています。

 

もう25年くらい前の話になりますが、デザインの専門学校を卒業してすぐにバハティというデザイン事務所で働いていた時期があります。小室さんは「天と地と」のサントラを作っていた時期だと思いますが、小室さんのCDはデザイン事務所の社長が担当していたので、打ち合わせで事務所に来る都度、一番下っ端の私は何度かお茶をお持ちしました。(もちろん小室さんは覚えてないと思いますが)そこにはブレーク前の小室さんがいて、当時はそんなに売れていなかった時期ですが、何かいろんなことを企んでるような、無口なイタズラっ子のような目が印象的でした。実際にその後にあのブレークがきたので、おおっと驚きました。

 

ソニームーアがソニームーアを止めてスクリレックスになったように、小室さんも小室哲哉を止めて他の何かになることは可能だと思います。年齢的なものはもちろんあると思いますが、これがほのぼのと昔は楽しかったねーというタイプの人だったら何も言う気は起きないのですが、納得しきれない何かを感じたので、そういう人はまだ何かできるんじゃないかと思っています。

 

今は精神的に疲れて何も考えられないかもしれませんが、休んで心と体に余裕が出来たら、世の中に伝えたいことが何かあったら、個人的な内容であれなんであれ、きっと人に何かを響かせることが出来るんじゃないかと思います。「響く」と言う言葉は安易に使われることが多くて、あまり好きでは無いのですが、今回小室さんが最後に言われた「響く」という言葉は本当に響いて、こんなブログを書く羽目になりました。

また何か作ってくれたらいいなと思わせるものがありました。感想まで。